〜日々の勉強報告〜@日本三景

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t-PA関連の口舌血管性浮腫

〈症例〉
NEJM Image Challenge June 11. 2020
 
来院90分前に発症した左半身脱力で救急外来を受診した78歳男性。右中大脳動脈領域の脳梗塞と診断され、治療が開始された。
数分後の診察で患者の舌の変化を認められた。最も適切な診断はどれか?
 
1, t-PA関連血管性浮腫
2, 舌動脈塞栓症
4, 片側性舌下神経麻痺
5, Melkersson-Rosenthal症候群

〈解答〉1
口舌血管性浮腫は、t-PA投与による潜在的な副作用として知られている。
・腫脹は最初は非対称性で、脳梗塞後の虚血性病変と反対側に生じることが多い。
・本症例の治療は気道確保は必要なく、抗ヒスタミン薬とグルココルチコイドの静脈内投与のみであった。
・舌の腫脹は改善したが、脳梗塞後の神経障害は残存していた。
 
〈tPA関連の口舌血管性浮腫〉
Stroke. 2016;47:1825-1830.
 
【分かっていること】
口唇血管性浮腫(Orolingual angioedema:OLAE)急性の口唇と舌の腫脹であり、自然に消失するが、上気道閉塞の危険性があるため、生命を脅かす可能性がある。
 
【分かっていないこと】
・症例報告や小規模なシリーズの報告はあるが、大規模な臨床研究では、OLAEの予測因子を特定することを目的としているが、3ヵ月後の転帰については報告されていない
・OLAE患者の転帰は、上気道閉塞による死亡率の増加に影響される可能性がある。
・生存者では、このような状況下での血栓溶解療法の一般的な管理の質の低下と、OLAEの治療に使用される薬剤のペンアンブラへの影響の不確実性の結果として、転帰のより微妙な変化が生じる可能性がある。
 
【本研究の目的】
tPA中または後のOLAEを生じた患者と生じなかった患者の予後を比較
 
【研究デザイン】
Patients  脳梗塞に対してtPAを投与された患者
Exposure OLAE発症者
Comparison OLAE非発症患者
Outcome 予後
 
【研究方法】
・Lille大学附属病院脳卒中センター(2003年9月30日から2015年2月4日まで)で脳梗塞に対してr-tPAを静脈内投与された患者の前向きに収集したデータを使用した。
・923例の脳梗塞に対するtPA投与症例を対象とした。
・OLAEを、局所的な出血では説明が不可能で、数時間以内に完全に消失する局所性の舌や口唇の腫脹及び浮腫と定義した。
・tPAのプロトコールでは、看護師は血栓溶解中は15分毎、輸液終了後は30分毎に患者の舌と口唇を検査するように指示されていた。この間に舌や唇の腫れや浮腫があった場合は、直ちに脳卒中病棟の上級神経内科医と集中治療チームに連絡し、抗ヒスタミン剤治療と酸素療法とともにコルチコステロイドの点滴を直ちに開始した。挿管するかどうか、r-tPAを中止するかどうかは、症例毎に神経内科医と担当の集中治療医の判断に委ねられていた。
 
【結果】
20例(2.2%)にOLAEを発症した。
18例では脳の虚血病変とは反対側に発症し、2例では診断時に浮腫が明らかに局在化していなかった。
・OLAEはr-tPAのボーラス投与後15~105分後に発症し、平均70分であった。
・挿管やエピネフリンを必要とした患者は20例中0例で,r-tPAの投与を中止した患者はいなかった
・OLAEの発症から完全に回復するまでの時間は,17例では回復時期を正確に特定することが困難であったため,信頼性に欠けるものであった.
 信頼できると考えられた3例では,2例で90分,1例で225分であった.
 
・OLAE患者はアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE-I;OR、3.8;95%CI、1.6-9.3)の投与を有意に多く受けており、アテローム血栓脳梗塞(OR、2.7;95%CI、1.0-7.7)である可能性が高かった。
・OLAE患者はいずれもアンジオテンシン受容体拮抗薬の投与を受けていなかった。
・OLAEのある患者とない患者では、その他のベースラインに差はなかった。
・OLAEのある患者は、ない患者に比べて島梗塞である場合が多かった(7/19 vs 8/77;OR、5.0;95%CI、1.5-16.5;P=0.004)が、部分梗塞については差がなかった(4/19対29/77;OR、0.4;95%CI、0.1-1.5;P=0.172)。 
喫煙者、高用量のr-tPAを投与された患者、悪性梗塞を発症した患者では、OLAEを発症する頻度が高い傾向があった(0.10>P値>0.05)。
・OLAEを有する患者のうち,mRSスコアが0~1(8/20対396/903;adjOR,0.9;95%CI,0.3~2.1),mRSスコアが0~2(10/20対514/903;adjOR,0.8;95%CI,0.1~1.8),死亡(3/20対134/903;adjOR,1.1;95%CI,0.3~3.8)の患者の割合に3ヵ月間の有意差は認められなかった。
 
【他文献のReview】
50 抄録を選択。
・OLAE患者は、血栓溶解前にACE-Iを投与されている可能性が高く(OR、8.6;95%CI、5.5-13.5)、動脈性高血圧(OR、2.5;95%CI、1.4-4.4)、糖尿病(OR、1.8;95%CI、1.01-3.3)、およびコレステロール血症(OR、2.0;95%CI、1.2-3.2)であった。
 
【考察】
・r-tPAをin vitroで治療濃度で使用すると、ヒト血漿中のキニンが大量に生成される。
・r-tPAに関連するOLAEは、プラスミン介在性のブラジキニンの放出に直接起因する。
・我々の研究と複合解析の結果は、ACE-I投与中の患者は血栓溶解療法中にOLAEのリスクがあるという仮説を強く支持するものである。ブラジキニンはACEによって不活性代謝物に変換され、この酵素の阻害はブラジキニンのレベルの上昇をもたらす。
・遺伝性血管性浮腫の急性発作の治療に適応のある選択的ブラジキニンB2受容体拮抗薬であるicatibantは使用しなかったが、選択肢の一つになるかもしれない。
 
・我々の研究はまた、島梗塞患者は血栓溶解時にOLAEのリスクがあるという仮説を支持するものである。
・考えられるメカニズムとしては、島梗塞が自律神経失調症を誘発する可能性がある。この仮説は、脳卒中擬態を含む脳卒中以外の適応症でr-tPAを静脈内投与された患者ではOLAEの発生がまれであることからも裏付けられている。
 
・また、メタ解析では、OLAEの発生と既往の動脈硬化性高血圧との間に統計的な関連があり、糖尿病や高コレステロール血症との間には低い程度で関連があることがわかった。個々のデータがなく,ACE-Iの存在について調整することができず,これらの患者は一般集団よりもACE-Iの存在下にあることが多いため,これらの関連がみられたと考えられる。
・OLAEは、早期に発見され、適切に治療された場合にはアウトカムに影響を与えない稀な合併症である。
脳卒中の静脈内溶血による治療を受けた患者50人中1人にしか発症しない(95%CI、47人中1人~62人中1人)が、この割合は島梗塞の場合は10人中1人、ACE-Iによる治療を継続している場合は6人中1人にまで増加する。
・生存者では、長期予後は他の患者と同様である。
 
 
【本研究のポイント】
脳梗塞に対してr-tPA静注された患者の約2%にOLAEを発症した
② 半数の患者では血栓溶解中に,残りの半数では輸液終了後すぐに発症した
③ OLAEの多くは病変と反対側から発症したことが示された. 
④ OLAEはACE-I梗塞島梗塞の患者で発生しやすい
⑤ OLAEは生命を脅かす可能性があるが、3ヵ月後の転帰には影響しない